発光帯

ハナレグミの8枚目となるアルバム『発光帯』。自身の作詞作曲に囚われず、池田貴史(レキシ/ex.SUPER BUTTER DOG)、原田郁子(クラムボン)、沖祐市(東京スカパラダイスオーケストラ)、鈴木正人(LITTLE CREATURES)らに作詞や作曲を託した楽曲を収録することで、アルバムを通じて抜けの良さや軽さが出て、自作楽曲においてはむしろ、この1年間に永積 崇自身が観ていた景色がとても自然に描かれて歌われている。全10曲収録だが、どの曲もアッパーすぎず、ダウナーすぎず、そしてノスタルジック、センチメンタルなだけではなく、未来へ落ち着いて向かうエネルギーを感じる。

事前に音源を渡されず、アルバムタイトル含め、何も知らない特殊な状態で、雑談を交えて緩やかに話したいという永積本人の要望により、ビデオ電話4回計8時間かけて、その全貌を徐々に徐々に明かしてもらった。

こんな御時世だからこそ、リスナーは静かに落ち着いた状況で、あるがままに心の中へ入ってくる音楽を求めている。まさしく『発光帯』には、そういう音楽が込められている。まるで写真のアルバムをめくりながら眺めている時の穏やかさすら感じられた。ちなみにCDジャケットは、永積自身が撮影した写真であり、初回限定盤には彼が撮り下ろした写真集が付いてくる。こうして、音楽と情景が同時に浮かび上がってくる様な素敵なアルバムが誕生した。

──どのように今回のアルバム制作は進んでいったのですか?

「去年、『THE MOMENT』というワンマンライブが2月に東京と大阪のホールであって、会場限定CDで『独自のLIFE』を発売したんだよね。中止になってしまったけど、4月に弾き語りの野外ワンマンライブも東京と大阪の野音で予定されていて、その時も会場限定CDを発売するつもりだったの。それが『ムーンライト』で、オンラインショップでは発売したんだけど。そんな感じで、本当は後2曲くらいライブ会場で発売していって、アルバム用に曲をためていこうと思っていた。とにかく、前の『SHINJITERU』(2017年発表アルバム)が内向的で静かな作品だったので、もう1回ハッピーで色味が明るいものを取り戻していこうというのもあって。自分が書くと身近な内容になるので、まずは遠くに飛ばせる曲にしたかった。だから、自分じゃない誰かに書いてもらおうと思って、郁子(クラムボン原田郁子)に一昨年の夏くらいには歌詞を頼んでいて。それが『独自のLIFE』なんだけど、期せずして、落ち着きを求めて辿り着く感情とか、この先の未来を予見するような歌詞になったんだよね。そんな感じで、年内にはアルバムをリリースするはずだったのが、コロナの影響で段取りが仕切り直しになってしまった」

──アルバムでは、『ムーンライト』が『笑う月 ~ムーンライト~』とタイトルを変えて、音源もアレンジし直されているのが印象的でした。

「マック・デマルコとかがデモ段階の音源をアップしていてさ。そんな感じで完成する前の未完成のものを楽しんで聴いてもらうのも良いかなって。この先、歌詞、メロディー、アレンジが大きく変わってもいいよねと思って作った。実際、アレンジしたものを聴きたいとなって、(鈴木)正人さんにアレンジしてもらったけど、本当に大きく変わったし、一気にファンタジックになって凄かった。今までも、もっともっとアレンジに託すべきかも知れなかったなと思えたね」

──そんなコロナ禍でもFM802のキャンペーンソング『僕のBUDDY!!』では、奥田民生さん作曲の楽曲に歌詞をつけられてますよね。

「802で流れ始める近々の去年3月くらいに、相棒というテーマで歌詞を頼まれてね。ずっとひとりで遊んできたから、相棒という人がいなくて、なので、自分から一番遠いとこにあるテーマな気がしてたかな。池ちゃん(レキシ/ex.SUPER BUTTER DOG 池田貴史)でも相棒と呼ぶのは照れくさいし(笑)。だから、人ではなくて車の事を書こうと思ってさ、相棒よりBUDDYくらいの方が気軽かなと思ってね。今回はテーマがはっきりとしていたし、頼んでくれた人たちの体温が見えていたから、思いつくままに書けたし、面白かった」

──『僕のBUDDY!!』では作詞だけでしたけど、『賑やかな日々』では作詞を映画監督の沖田修一さん、作曲を鈴木正人さんと作詞作曲共に任されていますよね。

「アルバムの流れでも大きな1曲で、凄い気に入っている。沖田さんの映画『おらおらでひとりいぐも』の主題歌で、元々は歌詞を書いてほしいと依頼してくれたんだけど、映画を観たら沖田さんの脳みその中を観ているようで、自分の言葉が切り込んでいく隙が無いくらい完璧で。だから、『沖田さんの言葉は、どうですかね?』と提案して。沖田さんの歌詞は良い意味で余白が凄く多くて、そういう歌の方が歌いやすいのかも。作詞作曲共に任せるのは、これに始まった事じゃないけど、自分に合ってるやり方だと思う。シンガーソングライターって、時には自分が出過ぎるから。それは悪い事じゃないけど、シンガーソングライターと歌い手という両方を持っていたい。元々の始まりは歌が好きという事からだし、バンド(SUPER BUTTER DOG)をやっている時から、自分の事を言いたいとか歌いたいって欲求も無いし、このやり方に自然にたどり着いた。決まり事の無いとこから生まれるものが好きだし、何者でも無いとこにいたいから」

──アルバムタイトルでもある『発光帯』も、作詞郁子さん、作曲池田さんと共に任せられていますよね。このアルバムの中で凄い重要な曲になっていると想います。

「一昨年の9月にロサンゼルスでライオネル・リッチーのライブを観たんだけど、めちゃくちゃメロウネスがあってさ。開放的で熱くなれるけど、叙情的な憂いもあって、『こんな人、日本に誰かいるかな?!』と考えた時に思い浮かんだのが、池ちゃんで。レキシ(の作品)でも歌わせてもらっているんだけど、自分の肉体と池ちゃんのメロディーラインがむちゃくちゃ合うのよ。肉体ごと持っていかれるから、今回お願いしたいと思って。こっちからは何も言わず、ふたりには思うがままに作ってもらって、歌入れの直前まで詞も曲も聴かなかった。自分っぽさを抜きたかったし、抜けの良さと軽さを入れたくて。とは言っても、今の自分が書ける事も書くべきだと思って、最後に書いたのが『on & on』かな。人の世界を歌い込むと同時に、自分の観ていたこの1年間が入ってこそ、アルバムは完成すると思ったから。それに最後『on & on』を録音した事で、何となく全体像が見えた気がして、一気に曲順も決められた。それくらい1本筋が通っていたんだよね」

──最後の最後に曲順が決まったんですね。今となっては、これ以外は考えられない曲順だと思います。例えば、『モーニング・ニュース』の何かが始まりそうな心が躍る感じは、絶対に1曲目でしか無いですよね。

「まさにそうなんだよね!曲が出来た時から、そこに迷いは無かったかな。最初に作った『独自のLIFE』も、アルバムに入ったら、飛び道具みたくなるのかなと思ってたんだけど、全体で聴いたら意外と、そんな事も無かったしね。今回は全曲フォームが近いのかも」

──飛び道具の様な曲は無いのに、でも、遠くに飛ばせる感じや抜けの良さが出てるアルバムだと本当に思います。楽しい感じや遊び心は感じるんですが、しっかり歌詞が沁みて響く曲になっていますよね。

「『ハイ!チーズ』も歌詞に『記憶は地図だよ』と出てくるけど、例えば『記憶』とかいうタイトルだと重いからね。タイトルが『ハイ!チーズ』だと、歌詞の内容とかも飛躍するから良いよ。まぁ、『棚から落ちたホリデイ』の歌詞みたいに、目についたものだけで書いた『何を言ってるんだろ?!』みたいな歌詞もあるけど(笑)。でも、これが真実だと思うんだよね。感情的に入り込む歌詞を書く瞬間もあるけど、バランスは取ろうとしてる。どっちかの感情が一方的になると嘘っぽいし、どっちかの感情をはぐらかしたいとかでも無いし、両方の感情を同時に感じて生きているからさ。その両方の感情がグルグル回っている方が景色としては好きかな」

──ラストナンバーが、「徐々に整うの」という歌詞が印象的な『Quiet Light』で終わるのも凄く好きでした。

「最後どういう終わり方にするかというので、『on & on』か『Quiet Light』で迷ってね。でも、『Quiet Light』の方が、全曲聴き終えたあと、もう1回頭の1曲目に戻る感じがしてね。ループしてる感じのアルバムにしたかったから。『徐々に整う』という歌詞はね、その気配がするじゃない、今の世の中を見ても。毎日大変だし、その都度心も揺れるけど、単純に僕は、こんな中で、ふと、光が綺麗だなとか太陽が綺麗だなって感じる瞬間を見つけることができてさ。それが写真の話に繋がるんだけどね。側に美しいものがあって、ちょっとでも触れたら、徐々に整っていくのかなと。整うという言葉は絶妙なんだよね」

──アルバムタイトル『発光帯』は、本当に良い言葉ですよね。

「去年のコロナ禍に、爆発的にフィルム写真での撮影にはまってね(笑)。シンプルに写真を撮るのが楽しくて、実家のあたりにも撮りに行っていて。そしたら、ウチの親父が仕事に行く時に50年ほど歩いてる道が、急に光って見えて、ガツンときちゃって…。世の中や景色が変わっても、親父は毎日その道を歩いてるわけで…。一番かっこいいのは、ずっと信じてきた事を続けてる人だなって。『わかりました…、がんばります…、すみません…、ですよね…』みたいな気持ちになってね。それに発光の同音異語で発酵って言葉もあるけど、あれも古くなるとか悪くなる事じゃなくて、輝いている事だと思うし。古びた街並みやあの頃と変わらないものを、ただ懐かしむ感じではなく、今、生きている時間と、同時に並列で輝いているものとして感じられた事、そして“発光帯”というフレーズが浮かんできた事を、郁子に話したら、まだタイトルが決まってなかった池ちゃんと作ってくれた曲を『あの曲、“発光帯”じゃない!?』と言ってくれて。アルバムのタイトルかなとは想っていたけど、曲のタイトルも『発光帯』がいいと想えたんだよね」

──お父さんが長年通勤されている道に景色に「わかりました…、がんばります…、すみません…、ですよね…」と想えて、そこから“発光帯”という言葉が生まれたというのが、とても素敵ですよね。

「多くを語らないものの方が輝いてみえる瞬間ってあるよね」

インタビュアー:鈴木淳史

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