ハナレグミ、ニュー・アルバムを携えての「ツアー『SHINJITERU』」のファイナル。キャパ5000を超える国際フォーラムのホールAで、年末の平日開催という強気な公演の切り方だが、余裕の超満員。日本武道館くらいなら2日やっても完売くらいの動員力を長年キープしている人なので当然なのだろうが、2Fてっぺんまでびっしり埋まった客席を仰ぎ見ると、支持の根強さを改めて実感する。
ステージ後方には『SHINJITERU』のジャケット・デザイン、角田 純によるあのタイポグラフィーが掲げられている。メンバーは、ドラム 菅沼雄太、キーボードYOSSY、トランペットicchie、サックス&フルート 武嶋聡、までは前作のツアーと同じだが、ベースが伊賀航、The Chang→Ticaを経てプロデューサー・アレンジャーとして活躍中の石井マサユキがギターで加わった編成。

19時11分に客電が落ちる。SEなし、お客さんの拍手だけが響く、ホーンふたり以外のメンバーが現れて配置につき、最後に永積 崇が登場。
スタンドマイクに向かい、腕を組んで、アカペラで『SHINJITERU』の1曲目「線画」を歌い始める。そっと、ていねいに発される永積の声に、BメロからYOSSYのピアノが寄り添い、サビで伊賀航のウッドベースも加わっていくさまを、満員のオーディエンスが、じいっと聴いている──という光景から、この日のライブはスタートした。
アルバムとは異なり、ベースのルート弾きのイントロで始まった2曲目「ののちゃん」から、永積、ギターを持つ。「ほんとによくみなさん集まってくれましたねえ。平日だっていうのに。次々といっちゃうけど大丈夫?」という言葉をはさんで「ブルーベリーガム」から、ホーン隊ふたりも演奏に加わり、上モノの響きがいっそう軽やかになる。
続く「君に星が降る」では、まるで人が歩いてゆくような曲のリズムに合わせて、座ったままのオーディエンスが少しずつ身体を揺らし始める。

「この会場、でかすぎません? ちょっと」。1年前にここでレキシと共にラフィン(マネージメント)の設立10周年記念イベントを行っているが、ワンマンだと勝手が違うようだ。
「どうします? ここで小粋なしゃべりでもしたほうがいいんですかね?」と、少しMCの時間をとる。「今日、初めて皇居ランをしてみたんです。やるもんじゃないですね、本番前に」。会場と真逆の地点ですごく後悔した、とのこと。
そして「一緒にカリフォルニアに」と言ってコードを奏で始めた「My California」では、石井マサユキがギター・ソロをキメ、続く「レター」では粘っこいリズムをホーンが華やかに彩る。
永積がエレキを爪弾きながら歌い始めた「あいまいにあまい愛のまにまに」からメドレーっぽくつながった「Wake Upしてください」では、ボ・ディドリー・ビートに合わせて客席いっぱいのハンドクラップが響いた。

そして初期の名曲「家族の風景」。歌い終え、大きな拍手が終わり、しーんと静まって次の曲を待つオーディエンスの様子に、ボソッと「誰もいないみたいだな」と言ってから「♪だれでもない どこにもないぜ」と「光と影」を歌い出す。いつの間にかホーン隊は去り、石井マサユキはYOSSYと共にキーボードを弾いている。
「闇の向こうの光を見に行こう」が「光の先の闇を見に行こう」になって最後に「闇の向こうの光を見に行こう」に戻っていくさまに、オーディエンスみんなじっと耳を傾けている。まさにハナレグミの真骨頂、と言いたくなる、深く濃い瞬間だった。

「今日はなんか5000人いるらしいですよ。どこの庄やを予約したらみんなで打ち上げできるのか。ひとり3000円通しで5000人?」と、MCを始めたはいいが、そのあと何を話すか考えあぐね、「あんまりステージで、MCで困ってるミュージシャン見ることないでしょ?」とお客に問いかけ、挙句ベースの伊賀航にしゃべりを振る永積。
「伊賀さん、このステージに立ったことあります?」「初めてです。観に来たことはあります」という話から、彼も永積もここでジョアン・ジルベルトを観たことがわかり……というふうに、グダッとした感じで話が進んでいく。
永積 崇、ある時期に「酔っぱらいのマネをする時の竹中直人のしゃべり方」を取り入れたら、MCが見違えるようにうまくおもしろく、かつスムーズになったことがあったのに、そういえばいつの間にか元に戻ってるなあ、と、それを聴きながら思い出したりした。

キセル兄(辻村豪文)と共作した、前作『What are you looking for』収録の「ぼくはぼくでいるのが」を、オリジナルよりやや明るいトーンで聴かせると、次はギターを置き、ピアノの伴奏だけで「秘密のランデブー」を歌い始める。曲の後半からウッドベースも入ってくる。
ブルースを学びたくてニューオリンズに行ったけどニューオリンズにブルースマンはいなかった、という話からその地の「フリーダム・ライド運動」の話になる、というMCから「フリーダムライダー」へ。永積がしばしひとりでシンセを鳴らしてから始まった「Primal Dancer」では、座ったままのオーディエンスの身体がまた左右に揺れ、「太陽の月」ではスカのビートに合わせてあちこちで立ち上がる人が。
「明日天気になれ」ではイントロで大きなハンドクラップが沸き起こり、まだ座っていた人たちも立ち上がって踊り出す。曲が終わった時には大拍手と大歓声がホールを包んだが、しばしギターを爪弾いてから「座ってください」と永積。ドッと笑ってから、みんな座る。メンバーはステージを去る。

ニューアルバム『SHINJITERU』のタイトルにこめた思いや、自分が「言葉の手前の感情」を歌詞にしたいことなどを、言葉にする永積。『What are you looking for』でハナレグミの第一章が終わって、今は後ろ手で閉めたドアの前で立っているような感覚」という話も。
そして、弾き語りで、アルバムの最重要曲である「消磁器」。何かを手に入れるために何かを手放す、何かと別れることによって何かと出会う、そうすることでしか次にいけない、当然そこには痛みが伴う──という思いがメロディに載って放たれていくこの時間は、このライブの何度目かのピークだった。
バンドが戻ってきて、映画『海よりもまだ深く』に書いた「深呼吸」で、本編が締めくくられる。メンバーをひとりずつコールし、「ありがとうございました」とお礼を言い、永積はいったんステージを下りた。

アンコールは「Spark」でスタート。セミアコの弾き語りで始まり、途中から永積に寄り添うようにそっと加わっていく各楽器の音が、曲の後半では大きなうねりになっていく。
次の「旅に出ると」で、「座ったままでも心が踊りだすようなダンスを見せてほしいのさ! 座ったままでもいいんだぜ!」と永積が叫ぶとみんな立ち上がり、「いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」と慌てる一幕も。でもみんな座らない。後奏では演奏に「サンタが街にやってくる」がちょっと混じってくるという、この季節ならではの趣向もあり。

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演奏が終わると、全員でステージ右前方へ出て、肩を組んで一礼。メンバーがステージを下りていき、これで終わりだと思ったら永積、「ちょっと、最後に1曲弾き語り、いいすか?」。
バンド/スタッフ用のセットリストにも入っていない、本当に急遽のサプライズで、「きみはぼくのともだち」を追加してくれた。歌詞の内容も含めて、ファンへのプレゼントのように思えた。

各メンバーの演奏の確かさ、それぞれの楽器の音色と鳴り、それらが重なったり離れたりする時のアンサンブル、それを客席に届ける音響のよさ、光と同じくらい影を大事にした照明まで含めて、すさまじく高いレベルでクオリティ管理がされたステージだった。
リラックスしたあったかい空気で進んでいくライブだったが、MC以外は、つまり音と歌が出ている間は、ゆるい瞬間など片時もなかった。
大人数のバンド編成の時も、最少人数の時も、弾き語りの時も常にそうだったが、今回もそれは同じ、いや、さらにレベルアップしていた、と感じた。第一期ハナレグミの総決算を見せたい、という思いが、そういうライブにさせたのではないかと思う。

それから、テレビ中継のため、もしくは映像収録のためのカメラ・クルーが一切入っていないことに、ライブの途中で気がついた。こういう大会場の東京のライブで、映像撮影がないのって、今やめずらしい。
前作『What are you looking for』のライブはテレビ放送が入ったしライブ・アルバムも出た、というのとは対照的だ。今回は「残らないもの、その場・その瞬間限りで消えていくものとしてのライブ」にこだわったのかな、と思ったりもしました。


text:兵庫慎司 Photo:田中聖太郎

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ハナレグミ 「SHINJITERUツアー」
2017/12/6(水)@国際フォーラム ホールA


<セットリスト>
M1 線画
M2 ののちゃん
M3 ブルーベリーガム
M4 君に星が降る
M5 My California
M6 レター
M7 あいまいにあまい愛のまにまに
~Wake Upしてください
M8 家族の風景
M9 光と影
M10 ぼくはぼくでいるのが
M11 秘密のランデブー
M12 フリーダムライダー
M13 Primal Dancer
M14 太陽の月
M15 明日天気になれ
M16 消磁器 
M17 深呼吸

en.1 Spark
en.2 旅に出ると
en.3 きみはぼくのともだち

<バンドメンバー>

Guitar 石井マサユキ
Keyboards YOSSY
Bass 伊賀 航
Drums 菅沼雄太
Trumpet icchie
Sax, Flute 武嶋 聡

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