結論から言ってしまおう。ハナレグミこと永積崇は表現者として、またライヴ・ミュージシャンとして、今もっとも充実の季節を迎えようとしている──今年3月より全国17箇所18公演を回ってきた、ハナレグミにとって初のライヴハウス・ツアー『名前のないツアー』。その千秋楽は、ベイブリッジを見渡す横浜BAY HALLでの開催。永積がBAY HALLのステージに立つのは、なんと約20年ぶりなのだそう。それもSUPER BUTTER DOGがデビューする前、海外から来日したソウル・バンドの前座としての出演だったというから、今こうしてソロ・アーティストとして満員の観衆を前に歌うことは、きっと感慨深いものがあるだろう。

 BGMがポール・サイモン「母と子の絆」に変わり客電が落ちると、バンド・メンバーとともにハナレグミが登場。今回のツアーをともに回ってきたYOSSY(キーボード、コーラス)、伊賀航(ベース)、菅沼雄太(ドラム、コーラス)、そして永積の4人が、お互いの息を整えるような軽いセッションを挟み、1曲目の「大安」を演奏しはじめる。実は筆者、今回のツアーの前半戦にあたる3月24日・富山公演も観に行っているのだが、その日よりもバンドの演奏がグッと親密さを増した印象を覚えた。2016年の『Tour What are you looking for』はホーンを擁する6人編成でのライヴを展開してきたが、今回は永積曰く〈省エネスタイル〉な4人で回ってきた。6人での演奏の記憶が残っていたので、最初に4人編成でのライヴを観た時には、少し余白が多いようにも感じたが、長いツアーでライヴを重ねて、永積・YOSSY・伊賀・菅沼の4人からなるバンドでしか生み出せない大らかなグルーヴを確実に手にしていた。そんな信頼の置けるプレイヤーたちが生み出す音のうねりの上で、永積の歌はこれまで以上に伸びやかに響き渡る。

 「横浜にはレゲエ・ビートが似合うっていうじゃん」とロックステディ・ナンバー「旅に出ると」を披露すると、永積自身が「なんかすげえ調子いいぞ!」と思わずこぼしてしまうほど手応えを感じた様子。続いて、ゆったりとしたノリが心地よいアシャのカヴァー「360°」、今はもう閉店したお気に入りのレストランに向けて歌ったバラード「きみはぼくのともだち」と演奏したところで、永積とバンドのアンサンブルががっちりと噛み合いスパークしたのが「あいまいにあまい愛のまにまに」。オルガンの音色をフィーチャーしたダウン・トゥ・アースなアレンジで演奏されたこの曲。終盤に差し掛かりアップテンポなリズムへと展開していくのだが、コール&レスポンスの応酬で次第に高まっていくフロアの熱気につられて、永積自身もどんどん自我を解放していくのがわかる。最高潮にヒートアップした空気を引き継いだまま突入した「オアシス」は、カリブ/アフリカの強靭なビートをバックに、永積がヒューマンビートボックスやスキャットなども織り交ぜながらさらに自由に歌い踊る。バンド・メンバーもそれに呼応するように、個々にアドリブを挟みつつのセッションを展開。ステージ上で繰り広げられる音楽家たちの楽しげなプレイの応酬に、オーディエンスたちも身体を揺らしながら心を解き放つ──この会場に居合わせたすべての人が、音楽によって自由になっていく──そんな問答無用にハッピーな時間がいつまでも続いてほしいと祈るように、にぎやかなグルーヴは果てしなく続いていった。

 曲を終えても「これで踊れないヤツは信じられない!」と興奮冷めやらぬ永積は、初のライヴハウス・ツアーを振り返りながら、「やっぱり目の前の人とつながるのが一番楽しい。ヘッドホンから聴く音楽だけじゃつまらないぜ!」と、各地を訪れ、その土地の空気を吸い、そこにいる人と触れ合うことでしか味わえない音楽の素晴らしさを噛み締める。そんな流れから演奏されたのは、デルタ・ブルースの故郷であるアメリカ南部を旅した想い出から生まれた「フリーダム・ライダー」。この曲も、2016年の『Tour What are you looking for』で披露された時とはまた印象を変え、生々しいブルース色を濃くしたアレンジへと生まれ変わっていた。しかも、今ツアー前半で聴いた時よりも一層凄みを増している。終演後に永積から訊いた話によると、今回のツアー中でバンドの演奏がガラリと変わった瞬間があったのだという。ともにライヴを重ねていくことでアンサンブルが深まっていく、まさにバンドは生ものだなと感じさせる演奏であった。

 バンドの息の合った様子がさらに顕著に表れた「うららかSUN」~「Crazy Love」~「ラブリー(小沢健二カバー)」~「Peace Tree」のメドレー、そしてアルバム『だれそかれそ』で東京スカパラダイスオーケストラとコラボした「オリビアを聴きながら(杏里カバー)」に続いて披露されたのは、なんとスカパラ沖祐市が作曲したという「新曲」。ピアノとベースを中心とした、ごくシンプルなアレンジによるバラードは、都会に暮らす大人たちの密やかな恋愛模様を歌った、今までのハナレグミにはちょっとないタッチのバラードとなった。

 新曲をじっくり聴き入ったオーディエンスから大きな拍手が送られると、永積は唐突に〈手紙〉を朗読しはじめる(これも富山で観た時にはなかったパートだ)。原発事故に見舞われた福島の避難区域を訪れた時に感じたことから、歌うことの意味や、表現とは何かということまで想いを巡らせた〈手紙〉の内容に会場中のすべての人たちが深く聞き入りながら、自らの記憶や経験をオーバーラップさせていたのではないか。前作アルバム『What are you looking for』についてインタビューをした時、永積が語った「究極的には、僕は聴く人を一人にしたい。ライヴを観に来てワーッって楽しんでるんだけど、ある瞬間にものすごく孤独になるような……言葉は丸いけど、感情が立体的になった時に、会場に集まった人たちそれぞれの感情がグランって揺れるような言葉や表現が、自分なりにあるような気がしてる」(スペシャルインタビューより抜粋)という発言を思い出したが、今回の〈手紙〉の朗読も、まさに聴き手を一瞬にして〈孤独〉にするような、なんとも言えない感情を覚えるパフォーマンスだった。こうしたポエトリー・リーディングのようなスタイルも、ハナレグミの新たな表現としてもっと触れてみたいと思ったのは、きっと筆者だけではないはずだ。

 朗読を終え、その余韻を噛み締めるように「Oi」「ぼくはぼくでいるのが」をしっとりと歌い上げた永積は、そして雲間から優しく光が差し込むような美しさを感じさせるアレンジで「音タイム」を披露すると、いよいよライヴも終盤。いろいろあるけど〈だいじょうぶだぁ〉とドリフからのイズムを受け継ぐカオティックなディスコ・ナンバー「無印良人」でファンキーにはじけまくると、ラストは晴れやかに「明日天気になれ」をシンガロングしてライヴ本編を終えた。

 大きな拍手とアンコールの声に応えて、再び登場したメンバーたち。なんとキーボードのYOSSYがドラムを叩き、伊賀はウッドベースを演奏、そしてアコースティックギターを抱えた菅沼と永積が並んでフロントに立って、この日2曲目となる「新曲」を披露することに。「YOSSYにドラムを叩かせるための曲」として紹介されたこの曲は、菅沼がボトルネックでスライドギターを響かせる、ルーズなムードがたまらないカントリーで、これもまた今までのハナレグミにはなかったようなスタイルの楽曲といえるだろう。さらに「まだ体力ある?スローで長いやつやっていいかな」と断りを入れて、ラスト・ナンバーとして「おあいこ」を披露。以前のツアーで見せたアブストラクトな印象は影を潜め、生々しい血の通ったアレンジが、この曲の歌詞が持つ〈痛み〉や〈もがき〉をより鮮烈に際立たせているような、胸を打つ演奏を聴かせた。そして最後に永積が一人ステージに残りギター1本で「光と影」を歌い上げると、「また横浜で会いましょう」とフロアに別れを告げた。

 予定ではここでライヴがすべて終わる予定だったのだが、いつまでも鳴り止まない大きな拍手と歓声に応えて、急遽ダブル・アンコールを行うことに。オーディエンスに感謝を述べてメンバーを呼び込むと、ステージ上で相談して決まった「深呼吸」を情感豊かに歌い上げて幕を下ろしたこの日のライヴ。3時間弱に及ぶ長丁場となったが、時間の長さをまったく感じさせないほどに、さまざまな感情を揺さぶられる充実のパフォーマンスで魅了した。

 シンプルな編成でいながら深みのある心象風景も、溢れ出すエモーションも表現していく今回のツアー・バンド。各地を回っていい具合に熟成していただけに、今回のツアーで終わってしまうのはもったいないなと思っていたら、このメンバーでレコーディングもしているそうで、しかも冬にはホールツアーも決定しているという。『名前のないツアー』で表現者として、またライヴ・ミュージシャンとして、新たなフェーズへと踏み出したハナレグミ。この先、どんな歌を聴かせてくれるのか? ますます期待が高まるツアー・ファイナルだった。

ライター宮内健

フォトギャラリー

photo:田中聖太郎

set list,セットリスト

ハナレグミ 「名前のないツアー」
2017/5/12(金)@横浜BAY HALL

M1 大安
M2 旅に出ると
M3 360°
M4 きみはぼくのともだち
M5 あいまいにあまい愛のまにまに
M6 オアシス
M7 フリーダムライダー

M8 <Medley>
うららかSUN
Crazy Love
ラブリー
Peace Tree

M9 オリビアを聴きながら
M10 新曲
M11 Oi
M12 ぼくはぼくでいるのが
M13 音タイム
M14 無印良人
M15 明日天気になれ

アンコール
EN1 新曲
EN2 おあいこ
EN3 光と影(弾き語り)
EN4 深呼吸

member,バンドメンバー

Keyboards、Background Vocal : YOSSY
Bass : 伊賀 航
Drums、Background Vocal : 菅沼雄太

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